Rain(雨の欲情) / ルイス・マイルストン

アップ・ショット。ブレスレットがいくつもぶら下がった左右の腕、スラックスに包まれハイヒールを履いた脚が勇ましく登場する。もう一度切り替わって、大きな両の眼とけばけばしい帽子をかぶった顔がスクリーンの右辺からヌッと現れる。ジョーン・クロフォードの登場である。

過去を逃れてパゴパゴに渡ってきた女クロフォードと、ウォルター・ヒューストン扮する宣教師デヴィッドソンの間で諍いが起こる。原因はヒューストンが自らの信ずる宗教的な行動をクロフォードに求めたことだ。

宣教師の去った後、ウィリアム・ガーガンがクロフォードの部屋へ入る。カメラはベッドの上から斜め上に彼ら俳優をとらえている。クロフォードはベッドに腰掛ける。クロフォードの腰から上が画面左に大きく映る。その背中は曲がり、猫背になっている。

別のシーン。クロフォードは立ち上がりベランダの方へ。木のドア枠へ右手をまっすぐに伸ばし、体を支えている。長方形の枠の中に、再び疲れたように猫背になった背中が映る。奥では雨が降り続いている。彼女の背中は多くを語る。雨の湿気とパゴパゴの暑さ、その雨音と、静けさと、気だるさ。

カメラは始終切れたように感じさせない。画面の中を行ったり来たり、回ったりしながら、絶えず振り続ける雨のように、途絶えることなく対象を映し続ける。


ヒューストンが階段の数段上から顎を上げ、絶えず強い照明をうけるその顔を斜め上に向けて、視線のみ下げ、床の上に立つクロフォードを見る。クロフォードはヒューストンの行いに対し、始めは自分が許しを請うが、次第に怒(いか)りだす。その罵倒の言葉を前に、ヒューストンは聖書の言葉を唱える。クロフォードの声の合間から、そのかすかにふるえる声が聞こえだす。最後にはクロフォードが黙り、間を置いた後、ヒューストンの唱える言葉を復唱し始める。この声のふるえは、「我らが姉妹の…」という文句をヒューストンが口にした時に観る者まで彼の言葉を真理のように信じかけさせる力を持っている。この場面の映像の強度には、他をよせつけない強烈なものがある。クロフォードはヒューストン \ Davidson の顔を見上げ、その顔には強く照明があてられる。彼女は「救われた」。

出発前夜。クロフォードの部屋の周りを歩くヒューストン / デヴィッドソン。その顔には照明は当てられておらず、暗い影の中にある。窓の前を通りかかった時、その窓枠にクロフォードの顔。「雨と太鼓の音で眠れないわ。」と他愛のない話をする。ヒューストンは会話の最後の方で「君は神の娘だ…」「美しい」と繰り返す。ここで一瞬にして Davidson が Devilson になってしまうヒューストンの演技とマイルストンの演出には感服してしまう。斜め上を向いて強い照明をあてられて崇高に見えていた顔が、少々うつむき加減になって瞳をこちらに向けた瞬間、悪魔の如き醜さを露呈する。彫にできた深い影ときつく入った目の上と鼻のラインのニュアンスが、一瞬にして変化するのである。この顔のアップショットの後、カメラは部屋の外の外観をおさめるロングショットに切り替わり、ヒューストンはクロフォードの部屋の中にサッと入る。

翌朝、神の国の如く明けた朝の景色のショットの後、原住民の漁の様子、次いでその網に掛かったヒューストン(ダヴィドソン)の死体の、朝日の光を反射してキラキラと光る海の水にぬれた脚が映される。横に動くカメラの前を人々が走り、死体の周りへ駆けつける。クロフォードの泊まるホテルに画面が映りゆく。すると部屋からは陽気な音楽が。どうしたのかと戸惑いつつガーガンらがノックすると、元の派手な服装に戻ったクロフォードが、最初の登場シーン同様 ― ただブレスレットは心持ち増えた気がするが ― 現れる。「男なんてみんなブタよ」と言い放ち、ガーガンとのシドニー行の話をうけ、腕を組んで外へ向かって歩き出す。そこに来たダヴィドソン夫人が「あなたも主人も憐れだわ」と言うと、「みんな憐れなのよ」と言う。何かあるたびに誰かを「ミスター…」と呼ぶ夫人に対し、なんと逞しいことか。女クロフォードの逞しさが、世間的な道徳のそれに打ち勝った瞬間である。その生の強さに私は感動させられた。

評価 :4/5。
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投稿者: 早春

音楽を動力に、書物を枕に、映画を夢に見て生きる生意気な青二才。現在19歳。一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき。さる荒野にまだそこらの向日葵はあらねども、徒然なるままに、そこはかとなく書きつくれば、方片なき荒野の早春の日ものたりのたりかな。年経ればいま過ぐる日々をいかが思ゑむ

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