ロビンソンは言った、自分の元カノは娼婦の家系だったと。マクマレーは魅せられた、アンクレット(=娼婦のシンボル)を身につけたスタンウィックに。ロビンソンはいつもマクマレーに煙草の火をもらっていた。マクマレーは最後にロビンソンに火をもらう。ファムファタールと墓場に辿り着いたときに。その時、ロビンソンは俯いて、顔は半ば帽子に隠れている。見えるのは眼の窪みの影と、厚ぼったい頬と、口の左右に刻まれた深い皺である。「犯罪王リコ」で友に裏切られ、彼は泣いた。この映画では、友に裏切られた彼の悲しみは、語られる。その影と、頬と、皺とによって。
上司とやりあうときの憎たらしさも最高だ。滔々と捲し立てものを言わせない。最高のプレゼンである。見られたくないところで見ているし、いてほしくないところに出没する。何とも鬱陶しく消えてほしい存在だが、決して死なない。このしぶとさ、そして狼狽した相手の前で見せるあの顔。
スタンウィックは二つの顔を持っている。サングラスを外したつめたい顔と、電話ボックスから電話をかける愛を湛えた顔。保険会社で担当者のオフィスで見せる仮面をつけた顔、マクマレーの持ってきたコップを受け取った瞬間の、一瞬の綻び。最後の密会の前のひややかさ、抱きついた時の潤んだ瞳。この変わり身には、シェーン・グリアのそれが思い出される。
最初の出会いは真昼の日の中で、最後は夜の闇に包まれて。二度目の出会いでは、マクマレーは帽子、いや心を忘れる。最後の出会いでは帽子は忘れない。だが忘れたのは、またしても心だ。しかしそこに忘れたのではなく、真昼の日の下に、遠い昔に置いてきてしまったのだ。もう戻れない、墓場の門をくぐってしまった。
やはりあの憎まれっ子は正しかった。意地悪な勘は、やっぱりはたらいてしまった。男は24㎞の電車から一人で飛び降りたつもりだったが、実際は違ったのだ。その手はファムファタール(運命の女)、証人とキースに握られていて、その女は離すなんてことはしなかった。アッと思った時にはそこは墓場だった。闇夜の墓場だった。運命は最初から決まっていた。運命の女神は微笑まなかった。ファムファタールはそこにいた。すぐ近くに、いたのだ。だから気づけなかった、あとは100点(完璧)だったのに...。なァ、キース...
と、カッコつけて書いてみたが、私にはいささかチャンドラーのキツイ臭いが鼻についた。ものは言いようと言うか、なんとまァ科白のキザなことか。それが淀みなく俳優の口から飛び出して来るのには、さすがに電話機械(マキーナ・テレフォニカ)とその不意打ち好きな神の働きっぷりが気にならないでもない。しかしながら、やはり素晴らしい映画であることには相違あるまい。ファムファタール(映画の魔力)にお気をつけて、是非ご覧あれ。
深夜の告白然り、ビリーワイルダー作品にハズレはないと思ってる笑
私も大好きな監督。
それにしても、美しい文章書くね。同い年とは思えない…
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う~ん、私はあと「皇帝円舞曲」しか多分見てないな...。ジョン・フォン・テーンが出てるっていうから期待したんだけど、ちょっとイマイチだったかな。
最近見た「完璧」を感じる映画は、ロバート・ワイズ監督、クレア・トレヴァーがヒロイン、そして脇役にエリシャ・クックが入ってる「生まれながらの殺し屋」が素晴らしかったよ。
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