So In Love / Andrew Hill

とても艶美な演奏で、酔いしれてしまう。25歳の作品にしてはできすぎている。美しく匂う、魅惑するピアノ、少しおどろおどろしくも聞こえるドラムとベースの伴奏。ちなみにベースを弾いているのはAEOCのマラカイ・フェイバースだ。これを書くにあたってエラ・フィッツジェラルドやケニー・ドーハムなどの演奏も聞いたが、こんな破格な解釈をしている演奏は一つもなかった。ドーハムの演奏のバックは普通のハードバップのものだし、他のエラやキャノンボールの演奏はストリングスになっていて、古き良き愛というか、昔の映画に出てきそうな愛を想起させる演奏になっている。それというのも、この曲はもともとコール・ポーターがKiss Me, Kate[ウィキペディアへ]というミュージカルのために作曲したものだからだろう。しかしこの演奏ではどうだ。ピアノの和音は悲壮な雰囲気を醸しているし、ドラムのリズムもジャズのスタンダードな弾き方とは違う、特徴的な弾き方をしている。アンドリュー・ヒルは齢19にして、もうジャズの大通りから外れていたらしい。

しかし、私はこの演奏が悪いものだとは思わない。むしろ非常に気に入っている一枚で、持っているコレクションの中でもよく聞くアルバムだ。初めて聞いたときに鳥肌が立ったのを今でもよく覚えている。ジャズにはこういうもの、こういう美しさも表現できるのかと、驚くと同時にとても感動した。私の感覚では、あまりジャズという音楽と「美しい」という言葉は繋がらない。無論エヴァンスやソニー・クラーク、ジョン・ルイスのいくつかの演奏には当てはまると思うが、逆に言うと今挙げたもの以外にあまり思いつかない。そんな中でこのアルバムの演奏は格別に「美しい」。

「美しい」という言葉はどちらかと言うと神聖なニュアンスが感じられる。一方ジャズはその起源からも分かる通り世俗的で都市的な、社会的なものだと思う。ここに恐らく「美しい」ジャズが少ない理由があるのだろう。このブログでジャズの記事を書くといつも思うのだが、絵画や古い映画や小説、音楽でもクラッシックには「美しい」という形容詞がよく似合うが「美しい」という言葉のかわりにジャズにつける形容詞のこれという一つが見つからない。ちょっと汚れて傷ついた、暗くも明るくもある、華々しくも素朴でもある、千変万化の何か。これに当てはまる形容詞ってあるだろうか?ジャズはいろいろなもののはざま、白人と黒人、神聖と世俗、伝統と革新のはざまで生きてきたように思う。

話がアルバムから逸れたが、この「美しい」という言葉が似合う点でも彼は大通りから外れている。ヒル作の2曲めのChicagoという曲を聞くと、どこか宗教的な、もしくは神か何かを想起させるような神秘的な響きが感じられるが、これは彼の後期の作品にも通ずるところがあるように思う。彼の感覚のどこかに、そのような超越的な何かへの関心があったのだろうか。この曲に限らずともBody and Soul、Old Devil Moon、Spring Is Here、That’s All、どれもこれもどこかしらに神秘的な響きを感じる。Spring Is HereThat’s Allなど、上品でありながら甘い、不思議な響きを醸していてたまらない。私は今18歳だが、どうしてこんなものを25歳でつくってしまえるのか、さっぱりわからない。どんな育ち方をしたらそうなるのか。はたまた生まれ持った才能なのか。ため息が出る。

ここまでこのアルバムの「美しさ」について書いてきたが、決して取っ付きにくいアルバムというわけではない。彼のブルーノートで吹き込んだアルバム群を思えば、むしろ聞きやすい方だろう。まだブルーノート期のスタイルを確立する以前の貴重な記録だと思う。ぜひご一聴あれ。


Notes

So In Love

Andrew Hill Trio

Andrew Hill, piano

Malachi Favors, bass

James Slaughter, drum

Recorded in Chicago, 1956

アンドリュー・ヒル 略歴(1937-1956)

  • 1937 ハイチにて生まれる。(Wikiその他サイトによるとは1931年。もしかして別人!? www)

  • 1952 ポール・ウィリアムスのバンドにてプロとして活動開始。

  • 1953 夏 バードことチャーリー・パーカーにバンドに誘われる。最終的にそのギグが終わった後、マイルスのバンドに加入

  • 1954 ダイナ・ワシントン、続いてコールマン・ホーキンスのバンドに短期間加入。

  • 1956 B.ウェブスター、L.ヤング、L.ドナルドソンと共演。

  • 1956 休止期間を経て本アルバムを録音。

アルバム “So In Love”, Andrew Hill Trio のライナーノートより作成

評価 :5/5。

Banners

にほんブログ村 音楽ブログへ
にほんブログ村 音楽ブログ 音楽評論へ

投稿者: 早春

音楽を動力に、書物を枕に、映画を夢に見て生きる生意気な青二才。現在19歳。一粒の向日葵の種まきしのみに荒野をわれの処女地と呼びき。さる荒野にまだそこらの向日葵はあらねども、徒然なるままに、そこはかとなく書きつくれば、方片なき荒野の早春の日ものたりのたりかな。年経ればいま過ぐる日々をいかが思ゑむ

コメントを残す

WordPress.com で次のようなサイトをデザイン
始めてみよう